特定の価値観に距離を置いて、他者と調和する。そのために必要なのがメタ認知。

株式会社COTEN CEO
深井龍之介

優秀な専門家に歴史の教養が加わったら……

「世界史のデータベースを作る」ことを業務にしている株式会社COTENですが、そもそも、世界史のデータベースという発想はどこから出てきたのですか?

思いついたのは僕がベンチャーにいたころです。僕がいたベンチャーはITやAIなど技術的なものも扱っていましたから、それらの技術と僕が関心のある人文学をかけ合わせたら面白いだろうな、と思ったのがきっかけです。

たしかにデータベースという発想はよく聞きます。しかし、なぜ歴史なのですか?

ベンチャーをやっていると、優秀な人にたくさん出会うんですよ。みな、それぞれの分野の専門家で、僕なんて及びもつかない専門技能や知識を持っているわけです。そんな人たちと接していて強く感じたのが「もし、この人たちが専門知識に加えて人文学的な教養を持っていたら、スゴいことになるんじゃないのか」ということでした。特に歴史についての教養です。

僕はもともと人文学への興味はあって、そちらの教養はそれなりにありました。一方で、専門家たちは専門知識は持っているけれど、人文学的教養はない。当然ですよね。彼らは彼らの専門分野の勉強に忙しかったわけですから。

そんな状況を見ているうちに「誰にでも参照できる歴史のデータベース」という発想が出てきたんです。もっと正確に言い換えると、誰でも気軽に使える、「過去の時系列における社会・国・組織・個人の膨大なケーススタディのデータベース」です。

COTENが開発する世界史データベース 開発中の画面イメージ

歴史の教養がもたらす「メタ認知」

専門家はともかく、一般人にとっても歴史についての教養は役立つのでしょうか。

もちろんです! これは僕がよく使う言葉なんですが、教養があれば、自分と他者を「メタ認知」できるようになるからです。すると、さまざまな価値観や立場に対応できるようになる。これは現代では非常に重要なことです。

メタ認知?

「メタ」=「超える」「超越した」といった意味ですから、今の視点をもう一歩高いレベルに引き上げて、自分と周囲をより客観的に見る……くらいの意味で使っています。認知科学での「メタ認知」の定義とは少し違うと思いますけど。

今は政治や社会問題に限らず、多様な価値観が飛び交う時代です。Aがいいという人もいれば、いや、Bであるべきだという人もいる。でもメタ認知ができれば、自分の信条に反する価値観の持ち主に対しても、同意はしないにしても理解はできるはず。すると、価値観が異なる人とでも共生しやすくなります。異なる価値観と共存するために必要なのはメタ認知力です。

教養は暗闇を照らす光になる

それだけではありません。現代は「自分の好きなように生きる」ことが良しとされる時代です。「自分らしく」という言葉をよく聞きますよね。

それは良いことなのでは?

たしかにそうかもしれません。でも、「自分らしく」生きることを求められるということは、生き方を自分で選ばないといけないということでもある。そこに迷う人はたくさんいます。

たとえば、江戸時代の農民の家に生まれたら、生き方に迷う必要なんてなかったはずです。農民として生きて死ぬ以外の選択肢がないですから。でも現代人は違います。生き方を自分で選べます。それは言い換えると、生き方を「自分で選ばなければいけない」ということでもある。

そんなときに歴史についての教養によるメタ認知が役立つんですよ。さっき言ったようにひとつ高い視点から自分を見られるから、自分が今どういう状況にあるかわかるんです。

生き方や価値観を自分で選べる今の時代は「選ばないといけない」時代でもある。だからこそメタ認知力が、教養が必要なんです。

価値観は時代によって異なる

メタ認知が大切であることはわかりました。しかし、なぜ歴史とメタ認知が結びつくのですか?

歴史を知ると、今僕たちの目の前にある価値観やさまざまな「前提」が、決して普遍的ではなく、環境、つまり時代や社会によって規定されていることに気付けます。それこそがメタ認知です。

たとえば、僕たちは「お金を稼げる人=偉い人」という価値観を疑わずに生きていますが、歴史を学ぶと、この価値観はまったく普遍的ではないことがわかります。

たとえば、中世のヨーロッパでは稼ぐ能力はまったく評価されていませんでした。むしろ否定的に見られていたといってもいいくらいです。では社会な「偉さ」の指標はなんだったかというと、信仰心ですね。信仰心が篤い人ほど偉い、という社会だったんです。

戦乱が続いていた日本の中世なら、やはりお金を稼げる人なんかよりも、切り合いに強い人のほうが尊敬されたでしょう。「偉い人」の定義は時代や社会によって全然違うんです。

これは一つの例ですが、歴史についての教養があれば、このように「当たり前」が全然当たり前じゃないことに気付ける。それがメタ認知です。そしてメタ認知を助けることこそが、僕たちコテンのミッションです。

メタ認知で生きるのが楽になる

あまり難しく考えないでほしいんです。さっきの「偉さ」の例でいくと、たとえば収入が低いことに悩んでいる男性がいるとしても、現代社会の外ではお金持ちが別に偉くはなかったことを知れば、生きるのが楽になるじゃないですか。メタ認知は悩みから解放してくれるんですよ。

僕たちが抱えている悩みの多くは、特定の価値観に依存してしまうことが原因ですよね。でも、その価値観が普遍的じゃないことに気づけば、かなり楽になるはず。それがメタ認知の効果のひとつです。

「自分らしく生きよう」「自分のキャリアは自分で築こう」みたいな、現代社会の前提になっている考え方もまったく普遍的ではありません。人類史を振り返ると、自分で自分の生き方を決められる時代や社会のほうが例外でした。明治までの日本社会だって、そうです。

価値観を、たくさん持とう

少なくとも僕は、どんな価値観や前提も絶対ではないと思っています。たとえば「自分のキャリアは自分で決められる」という現代社会の前提も、間違いとは言いませんが、かなりの誤謬をはらんでいるはずです。

それでも価値観の違いに基づく分断や衝突が起こっているのは「ひとりの人間が持てる価値観は一つだけ」という前提のせいじゃないでしょうか。みんなそう思っていますよね、あの人はああいう価値観の人で、この人はこういう価値観の人だ、と。

それは当然では?

いや、僕はこの前提も間違っていると思いますよ。人が複数の価値観を持ってはいけないという決まりはないですから。どうして、服を着替えるみたいに、時と場合によって価値観を「着替えて」はいけないんですか?

少なくとも、価値観が多様化している現代を生きる僕らは、価値観を複数持ったほうがいいはずです。そっちのほうが楽ですし、無用な対立も生まれませんから。そして、しつこいようですが、複数の価値観を持つために必要なのがメタ認知力、つまり歴史への教養なんですよ。

倫理観と価値観を混同しない

そうはいっても、どうしても悪いとしか思えないことは残るのではないでしょうか。

それはいいんですよ。僕は個人的には、善か悪かの「倫理観」と「価値観」を分けて考えたいと思っています。ある価値観の存在を「認める」ことと、その価値観を「善と考える」ことを分けたいんです。こういうスタンスは一長一短なので、他の人に勧めるわけじゃないですけどね。

それよりも大切なのは、価値観は時代や地域、文化などの環境に適応した結果として生まれるものであって、環境が変われば変わってしまうものに過ぎないということです。すべての人類がみんな、昔から同じ信念をもって暮らしてきたわけじゃないんです。

特定の価値観に距離を置いて、他者と調和する

そして特に今は、価値観の変化のスピードが早く、かつ色んな価値観が併存している時代です。だから、特定の価値観を唯一絶対と思いこまないほうがいいのではないでしょうか。特定の価値観に距離を置くことは簡単ではないし、ときには不快なこともあるとは思います、でも、仕事でもプライベートでも、他者との調和には欠かせません。

COTENがビジョンにしているのはそんな世界観です。そして、そういう世界観に近づくお手伝いをすることが僕たちのミッションです。

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Profile

深井 龍之介

株式会社COTEN 代表取締役 CEO

複数のベンチャー企業で取締役や社外取締役として経営に携わりながら、2016年に株式会社COTENを設立。ミッションに「メタ認知のきっかけを提供する」を掲げる。3,500年分の世界史情報を体系的に整理し、数百冊の本を読んで初めてわかるような社会や人間の傾向・パターンを、誰もが抽出可能にする世界史データベースを開発中。

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